Mix Liberty

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心霊=人間の願い?

古今東西、世界各地で幽霊の目撃談は存在します。しかし、その証明は未だできておりません。人はなぜ幽霊を見るのでしょうか? 本当に存在するから見るのでしょうか? では、なぜそれを証明できないのでしょうか?

 

 

 

ラトクリフ波止場の幽霊」という物語をご存知でしょうか?

 

実際にロンドンの歴史あるラトクリフ波止場では幽霊の目撃情報が多数あり、ロンドン有数の心霊スポットの一つとなっています。

 

物語の概要をお伝えしましょう。

およそ180年ほど前、ある司祭がこの波止場を訪れます。

彼は波止場に来る水夫たちに宿をあてがえるのですが、金を盗む目的で就寝中の水夫を殺害し、その死体をテムズ川に投げ捨てていたのです。

そして、殺された者たちの怨念が今でもこの波止場にさまよっており、たびたび目撃されているというものです。

 

この事件は雑誌にも掲載され、話題となりました。

そして、怖い物見たさのために、その波止場に多くの人々が訪れました。

すると、殺された者たちの幽霊ばかりでなく、司祭の幽霊の目撃談もさらに増えたのです。

 

実際に殺人事件があった場所などは、すぐに話題の心霊スポットになり、人々は「見たい」という気持ちでその場を訪れ、強い思いがそれらを引き寄せ、心霊体験をすることになるのでしょうか。

 

ところが、この「ラトクリフ波止場の幽霊」という物語というものは、実はオチがあります。

 

 

実はこの物語はまったくの架空話で、司祭を含め、登場人物も事件そのものも、すべて創作だったのです。そう、そのような事件すら、存在しなかったのです。

 

これはあるオカルト雑誌による社会実験だったのです。

事件のことが掲載された雑誌も、この会社の雑誌のもので、反響を確かめるためのものだったのです。

 

この記事が雑誌に掲載された3年後には、この波止場は立派な心霊スポットに認定され、多くの人たちが「見たい」気持ちをもって訪れたので、架空の幽霊を「見た」のです。

 

彼らが「見た」というものは、別の人影か、ささいな物音、風で揺れる何かだったのでしょう。

なぜなら、実際にはここで亡くなった人はいないのですから。

幽霊とは、亡くなった人がこの世に未練を残して現われるもの。

亡くなった人がいなければ、幽霊が出る要素がないのです。

 

中には、「見たい」なんてとんでもない! 「見たくない」気持ちだった、という方もいるでしょう。

しかし、その場が心霊スポットである、もしくは気味の悪い場所である、という認識こそが「見たくない」=「見るかもしれない」という肯定の気持ちに変わってしまうのです。

そして、ほんの些細な物音、影、感触だけで、幽霊を「見た」と誤認してしまうのです。

 

なぜ、人は悲劇が起きた場所に対して、心霊現象を求めてしまうのでしょうか?

 それは死が終わりではない、という願いからなのではないでしょうか?

 幽霊がいるということは、死後にも自分は存在し、愛する者たちも存在しているという願望の表れといえるのではないでしょうか。

 

実は心霊現象とは、死が絶対の終わりではない、と強く思う望みなのかも知れませんね。

 

 

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