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理想の生き方とAI

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理想の生き方とは、どのような生き方なのでしょう? 結論から申し上げましょう。それは今を充実して生きていること……なのではないでしょうか? 常に愚痴や文句、不平不満を口にして、さらに表情までもが不機嫌なままで生きていることに価値はあるのでしょうか?

 

 

少し話題が逸れます……最近は、あらゆることがAI(人工知能)に置き換わり、人間を凌駕する勢いで普及しています。このままでは、いつしか人間はAIに主導権を奪われてしまうなどと主張する者も現われているのも事実です。

 

果たして、本当に人間の思考はAIの思考には敵わないのでしょうか? 

 

そこで少し考えてみました。人間の知能領域を遙かに超えた人工知能に未来の『予言』をさせてみてはどうか、ということです。ご承知の通り、未来を知ることを人々は『予知』とか『予言』などといいます。

 

では、人工知能にとって、その『予知』、『予言』というものは、可能なのでしょうか? 『予知』、『予言』をするにあたっては、3つの方法があります。

 

1つ目は、当てずっぽう。なんの脈略もなく、人々の気を惹くために、意識的にデタラメを言うことです。まあ、今後AIも人間を陥れるために、デタラメな発言をすることが出てくるかも知れませんね。過去の人類の歴史に、最も多い『予知』、『予言』と言っていいでしょう。

 

2つ目は、『予測』です。今まである経験と過去のデータから、先のことを推測することです。AIにとっては、最も得意分野とするところでしょう。なにせ彼らは、データと統計から成り立っているのですから。そして、その『予測』は、その時点において理論的に矛盾が無いため、人間にとってはほぼ決定事項のような扱いにされることでしょう。

 

そして、3つ目。それは『予感』です。前述の『予測』に対して、なんの前触れもなく、突然、先のことに対して思考に影響を与えるものです。日本にも「虫の知らせ」ということわざがあります、これは『予感』といえるでしょう。さあ、この『予感』というものは、困ったものです。自分の意識とは別に、ポンと頭に浮かぶようなものなのですから。

 

過去の事例にもあります。この飛行機に乗らない方がいい、この列車に乗らない方がいい、などと突然思い浮かび、難を逃れた人がいることなど。もっと身近なところでは、この道イヤな予感するな、と思ったら……嫌いな人に出会った。いつもは買わない宝くじを急に買いたくなったら……当たった、など。

 

この『予感』というものは、AIにはできないでしょう。AIには、『予測』はできても、『予感』はできません。人間がAIに凌駕されないようになるためには、『予感』や『直感』……つまり『第六感』-シックス・センスを磨くことなのではないでしょうか?

 

ただし、『予測』も『予感』も、どちらにしてもそれは不確定な事象。しかし、その不確定な事象に人々は振り回されているのも事実です。不確定な未来に一喜一憂するのではなく、今、この瞬間を、悔いなく充実して生きることが賢明なのかも知れませんね。これが理想の生き方なのではないでしょうか?